「色んな人の相談に応じられる看護師を育てたい」|三重大学医学部看護学科成人看護学 教授 辻川真弓先生インタビュー


辻川 真弓(三重大学医学部看護学科成人看護学 教授)

略歴
千葉大学看護学部卒業。三重大学大学院医学系研究科修了(看護学修士・医学博士)。看護師。保健師。
看護教員として三重県立看護短期大学、三重県立看護大学を経て現在の三重大学に至る。看護教育に研究と忙しい日々を過ごしている。趣味はガーデニングやハイキング。

聞き手
三重大学医学部3年 内山
鈴鹿医療科学大学保健衛生学部3年 小田
三重大学医学部3年 山口
三重大学医学部3年 宇都宮

三重大学医学部看護学科成人看護学教授として、がん看護の教育・研究でご活躍される辻川先生。今回は、アドバンス・ケア・プランニングに関する研究や、ターミナルケア、多職種連携での看護師の役割などについて伺いました。

もしもの時に備え「自分の最期」について日頃から考えて欲しい

学生 まず初めに、一週間のスケジュールを教えていただけますか。

辻川先生 平日は学部と大学院の講義が中心です。その合間に会議が入ったりするので、空き時間を見つけて研究活動をするようにしています。土曜日に社会人の博士課程の学生の授業をすることもあります。また、今は前期ですが、後期には学生の実習が入るので今以上に予定が詰まりますね。

土曜日にまで授業をされるとは、大変お忙しそうですね。ちなみに、学部ではどのような授業を担当されているのですか。

辻川先生 学部の授業は「成人看護学」を担当しています。成人看護学では、成人期の人に起こりやすい病気や、急性期疾患やがんを含めた慢性期疾患の治療や看護を学びます。成人看護学は2年生の前期から3年の前期まで1年半かけて座学で学び、3年生後期の実習で完結させます。

学生 先生の専門分野はがん看護学・緩和ケア・ターミナルケアということですが、現在は具体的にどのような研究をされているのでしょうか。

辻川先生 そうですね。1つは、アドバンス・ケア・プランニングに関する研究を進めています。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは、「将来の意思決定能力の低下に備えて、今後の治療・療養について患者・家族と医療者とがあらかじめ話し合うプロセス」とされています。かみ砕いて言えば、自分が“がん”などにかかり自分の将来について意思決定できなくなる前に、自分が残りの人生をどういう風に生きていたいかを考えておくことです。

アドバンス・ケア・プランニングが実践されていれば、本人もご家族も納得して残りの時間を過ごすことができるのですが、実際はそういった準備をせずにがんになってしまうといったケースが多いです。

みなさんもそうだと思いますが、なかなか健康な時に自分の将来をイメージするって難しいですよね。そこで、現在は「もしバナゲーム」というツールを用いた研究をしています。

もしバナゲームに用いるカード

もしバナゲームとは、ゲーム形式で楽しみながら「人生の最期」について考えられるツールです。
カードには、死を前にして人がよく口にする言葉が記されています。例えば、「人生の最期を一人で過ごさない」「死ぬ時にたくさんの機器につながれていない」などです。合計36枚のカードからトランプゲームのように自分が大事だと思うカードを取っていきます。

いざという時に何が自分にとって大切かは、考えろと言われてもなかなか難しいものですが、このカードのように選択肢があると選べますよね。最終的には、どのカードを残すかで、自分が大切にしていることに気づくことができます。

研究としては、まずこのゲームをやってもらいます。 やりたいという人にはこのカードを持ち帰ってもらいます。一人でやると、36枚の中から大事な項目を選ぶことができますし、ご夫婦でやると、相手が何を大事にしたいかがわかり、いざというときに大事にしたいのはあれだったなと思い出すことができます。アドバンス・ケア・プランニングをするきっかけになれば良いなと思い、このカードを用いた研究を始めています。

学生 この研究の最終的なゴールは何でしょうか?

辻川先生 それが難しいところではあります。現段階では、もしバナゲームを用いたワークショップをやった前後での死生観の比較を検討しています。

あとは、カードを持ち帰ってもらった人には、もしバナゲームをやってみてどういうことを考えたか、またどういう気づきがあったかを質問紙に記入してもらっています。

最終的には、ワークショップ前・後・持ち帰ってやった後の3時点で死生観がどのように変化するかを調査する予定です。

 

「その人がどうしたいのか」まで踏み込んだ看護を実践したい

学生 ここからは、辻川先生の経歴についてお聞きしたいと思います。先生はなぜ看護師を志されたのでしょうか。

辻川先生 看護師を目指したきっかけは父親の言葉の影響が大きいように感じます。父親からは、一人で生きていける仕事をするように言われました。当時の自分なりに色々考えた結果、最終的に看護師を目指すことにしました。

当時は、ほとんどが看護専門学校で看護の大学は日本に4つしかない時代だったのですが、その中で、実家に近い千葉大学の看護学部を受験しました。

先生は千葉大学看護学部をご卒業され、三重大学大学院に来られたとのことですが、そこにはどういった経緯があったのでしょうか?
卒業して看護師として勤務後は、結婚し、夫の 地元である三重県に来ることになりました。三重に来た時には、三重県立看護短期大学(現在の三重県立看護大学の前身)で教員として勤め ました。

その後、子育てと教員とで精一杯の日々でしたが、その後、三重大学大学院(看護学専攻)の一期生として修士課程を修了し、現在に至ります。

学生 先生の専門はがん看護学ということですが、がん看護やターミナルケアに興味を抱いたきっかけは何だったのでしょうか。

辻川先生 看護を学び、実践・指導する中で、「その人らしく生きること、その人らしく最期を迎えること」を大切にしたいと思うようになりました。ICUでの勤務経験もあるのですが、ICUにいる患者さんは意識がない状態の方々がほとんどで、生命が危機的な状況にあり、ご本人と話をすることはできません。

危機的な状態を脱すると話ができるようにはなりますが、ICUではなかなか私の考える看護を発揮できるところがないように感じました。もちろん、治療やその人を助けるという面では発揮できることはありますが、「その人がどうしたいのか」まで踏み込んだ看護を実践することはできませんでした。

私は、ICUで行われるような治療面での看護よりも、終末期であろうとそうでなかろうと、本人がどう生きたいというのを支えるような看護をやりたいという思いがありました。それがターミナルケアに関心を持ったきっかけだと思います。

 

緩和ケアとは、トータルペインに対して多職種でアプローチしていくこと

学生 次に、がんの緩和ケアについて具体的にお聞きしたいと思います。はじめに、がんの緩和ケアの基本的な考え方を教えていただけますか。


辻川先生 まず、基本として症状のつらさをとっていきます。それと共に心のつらさをとっていきます。がんの患者さんは色々な苦しみを抱えています。よく言うのはトータルペインという考え方で、痛みには身体的、精神的、社会的、スピリチュアルペインの4つがあるとします。

精神的苦痛とは、病気が原因で色々なことを不安に思ったり、いらいらしたりすることを指します。社会的苦痛は家族との関係性がぎくしゃくしたり、仕事がなかなかうまくいかなかったり、治療にお金がかかるなどで、自分の今までの立場が変化することに伴う苦痛を指します。

最後のスピリチュアルペインとは、例えば、こんな風になってまで生きている意味があるのかといった根源的な問いに伴う痛みです。

命を脅かされるような病気になると、これら4つが絡まったトータルペインをもつといわれています。このトータルペインを和らげるのが緩和ケアです。

学生 そのトータルペインに対して看護師だけではなく、多職種でケアを行っていくのが多職種連携であると考えますが、緩和ケアにおいてどのように多職種は連携しているのですか。

辻川先生 がんのつらさはすごく重たいですよね。一つの職種が解決できるものではありません。医師は医師で、その症状がどういう状況なのか、その症状にはこういう薬が良いのではないのか?と考えます。

看護師は、そうはいっても「あの時はこういう顔をしていた」、「こういう状況でも誰かと話をしている時は調子良い」、「あの人はこういうことをしたいから何とか頑張りたいと思っている」といったことに気づきます。

それぞれの専門性で患者さんに関わっていくので、見えるものが違うんですよね。それらを 合わせていくと、その人にとって今どうすれば良いのかが見えてきます。

また、ご本人やご家族と一緒に話をすることで見えてくるものもあります。緩和ケア病棟では、毎日話し合いをすることで連携をしています。

学生 なるほど、それぞれの専門性を集結させて日々ケアされているのですね。ちなみに、色々な職種というのは具体的にはどういった職種ですか。

辻川先生 私はよく藤田保健衛生大学 七栗記念病院の緩和ケア病棟に行っていたのですが、例えば、臨床心理士、作業療法士、理学療法士、ソーシャルワーカーの人がいます。ですが、やはり核になるのは医師・看護師です。

意外に患者さんと近い関係にあると感じたのは看護助手さんです。彼女たちが掃除をしながら患者さんと話す中で、本音を聞き出し私たちに教えてくれることもあります。

 

看護師は、患者と多職種をつなぐキーパーソン

学生 先生が執筆された「コメディカルのための看護学総論」という書籍の中で、多職種連携・チーム医療について書かれていますが、多職種の中での看護師という職種についてどのようにお考えでしょうか?

高校生への説明の際に用いた図

辻川先生 この本を執筆した時点では、患者さんを中心として、それを取り囲むように、看護師・医師・薬剤師など多職種が連携することが重要だと考えていました。しかし、最近はそうではなく、この図に示したように、患者さんを中心として、看護師と看護助手は患者さんのすぐ周りにいて、その周りの多職種と患者さんをつないでいくのが看護師かなと思っています。ですので、これまで考えてきたよりも、看護師はもう少し患者さんに近いところにいる方がしっくりくるように感じます。

患者さんの近いところにいる職種として、他には福祉の方や、在宅であればケアワーカーやヘルパーの方がいます。ですが、病気のことや治療の成り行きといった医療と、その人が大事にしたい生活の両方を見られるのは看護師だと思うんですね。

医師は病気のことや治療の成り行きはよくわかっていますが、仕事内容的に患者さんと関わる時間は少ないと思います。その点、看護師は色んな場面を見れて、医療と生活の両側面を見れる良い場所にいます。患者中心の医療といったときに、看護師は重要なキーパーソンになれるのかなと思います。ここがしっかりしていれば、色んな職種の人に繋げていけて、みんなでやれたらいいなと感じています。

学生 先ほどの本の中で、現状、日本ではあまりチーム医療が進んでいないとありますが、日本でチーム医療を推進するためにはどのような取り組みが必要だと思いますか。

辻川先生 この本を書いた時期と今とでは現状が変わってきていますが 、今取り組んでいる、学部のときから色んな職種になる学生が一緒に授業をする取り組みはとても大事で、そういうのがいいと思います。

もちろん、卒業して仕事に就いてから、緩和ケアチームなどを利用したり、色々な職種と協力して問題解決に向けて取り組むこともあります。この(本を書いた)頃よりも、ずっとチーム医療が進んできたと思います。

それでも、仕事に就いて からよりも、学生時代に一緒に勉強するようなチャンスを作っていくのが重要かなと思っています。三重大学でも医学科と看護学科の学生のコラボの実習をやっています。今後もそういうことをやっていけると良いなと考えています。

ある私立大学では、1年生の間は全寮制で、色んな医療系学科の学生が一緒に授業を受けたり、そのチームで実習に行ったりするそうです。そのような取り組みも良いと思います。チーム医療を育てるには、今回の慢性疼痛プロジェクトもその一部と言えると思います。

 

暮らしに密着し、色んな人の相談に応じることができる看護師を育てたい

最後に、辻川先生の今後の目標など教えていただけますでしょうか。

インタビュー後に辻川先生と学生サポーターで記念撮影

辻川先生 私はやはり、もっと看護師が病院から出て行って欲しいなと思っています。病院の看護師も大事ですが、地域で健康支援をする看護師も必要だと感じます。看護師は健康に関する色んな知識を持っている職種だと思うので、もっと公衆衛生的なアプローチで看護師が一般の市民と関わっていけたらいいなと思っています。

例えば、東京の豊洲にある「マギーズ東京」のような取り組みです。マギーズ東京は、イギリス発祥の「マギーズキャンサーケアリングセンター」を日本に持ち込んだものです。

元々は、イギリスでマギーさんという方がガンになり、つらい思いをされたのですが、病院では時間の制約や相談しにくい雰囲気のせいで、なかなかじっくり自分のことを相談できないという経験がきっかけでした。

マギーさんは、偶然にも病院ではなく、普通の家に近い場で、お茶を飲みながらナースに色んな話を聞いてもらえました。マギーさんは建築家だったので、相談しやすい場所をもっと作りたいと思ったそうです。

完成したマギーハウスは、病気を抱える患者さんの意思決定支援を行う場所となりました。ですので、病院にいる看護師も大切ですが、こういうマギーハウスのような場所を作っていくような取り組みができたらいいなと思っています。

また暮らしに密着して、いざ何かというときに色んな人の相談に応じることができる看護師を育てていきたい、そんなことを考えています。今はその取り組みを始めようとしているところです。今後も色んな取り組みをしていきたいですね。

学生 辻川先生、お忙しい中、ご丁寧にインタビューにご協力くださり本当にありがとうございました!

 

インタビューした学生の編集後記

◆様々な側面から将来を考える良いきっかけになりました。
今回の辻川先生のインタビューは、自分自身の将来と日本の医療の将来について考える良いきっかけとなりました。

まず、辻川先生の研究内容であるアドバンス・ケア・プランニングが自分の将来について考えないといけないと気付かされました。日頃からいつ病気になりいつ死ぬかは分からないとは思っていましたが、病気になってからの事を考えようとしたことはありませんでした。「命に関わる病気にかかってからでは、自分が何を大事にしてどのように生きていきたいか冷静に考えることは困難である。だからこそ今考える必要がある」という言葉が強く心に響きました。もしばなゲームというツールを教えていただいたので、友達や家族と一度やってみたいと思います。それで周りの人にも広まっていくといいなと感じます。

もう1つは日本の医療の将来です。高齢化に伴って、在宅で亡くなる数が増えると予想される中どう対応していけばいいのか。そこで要になってくるのが看護師の役割でした。医療と生活の両方をみれるのが看護師の利点であり、それを多職種連携に活かしていければ在宅での看取りの質も維持できるのではないかということが印象に残っています。

ですが、それを実践するためには他の職種がそれぞれの職種の役割や強みを周知しておかなければならないと感じます。また、これは在宅に限ったことではなく、全ての医療において言えることだと思いました。そして、がんの緩和ケア等で実践されている多職種連携をどうしたら他の医療にも応用できるのか、現実的に難しいことではあると思いますが、学生の間から考えていきたいです。

今回のインタビューで、多職種連携のために学生の内にできることは他の医療系の学部の人と友達になることと、その人達がどんな勉強をしているのかを知ることだと再認識できました。今後そのような取り組みをやっていければと思います。辻川先生、貴重なお話をありがとうございました。

内山

◆もしもの時への備えと、看護師の新たな役割を知る事ができました
私がなろうとしている職種柄、鍼灸師はがん患者様の疼痛緩和や薬による副作用の軽減は切っても切り離せない関係だと思います。なので実際の現状を知ることができ、とても学ぶ事が多かったと感じました。

特にもしバナゲームはとても興味深く、私自身家族などとやってみようと思いました。身体が健全な状態の時にもしもの時について考える。積極的にはなりにくいですが、この様なゲームがあると家族や友達ともしもについて共有できると思いました。

また病院のベット数にも限界があり、これから在宅や施設が増えるので、看護師がもっと増えて、外に出て行き、ヘルパーやケアマネなどと繋がり、看取りの質を落とさない様にするという事が大切になるだろうという所がとても印象深く、今後の在宅など病院外での医療の発展が良い方向に進んでいくと思いました。

小田

◆「多職種をつなぐ」という看護師の役割を新たに学べました
今回は、がん看護を専門とする辻川先生にインタビューさせていただきました。以前から終末期医療に興味を持っていたため、大変学びの多いひと時を過ごせました。

個人的に印象に残っているのは、アドバンス・ケア・プランニングについての話です。先生が仰っていたように、病気になる前の健康な時に、自分の最期について考えることは、後悔しない人生を過ごすために重要なアプローチの1つだと感じました。今回紹介していただいた、「もしバナゲーム」を使用すれば、気軽に始められるのでこういった取り組みが今後さらに広がれば良いと思いました。

また「チーム医療における看護師の立ち位置は、他の医療者とは異なる」という話も印象に残りました。看護師は、患者さんとの距離が近いために、患者さんに寄り添い他の医療者をつなぐなど、多職種連携を有機的に実践するためには、それぞれの職種の特性を生かした役割分担が重要だと感じさせられました。

宇都宮

◆最高の「ハッピーエンド」を目指して
今回のインタビューでは、多職種連携における看護師の立ち位置と先生の研究課題であるアドバンス・ケア・プランニングを中心にお話を伺いました。

三重大学にも看護学科はありますが、医学科との交流の機会は限られており、医学科の生徒が看護学科とともに多職種連携について考える機会は数えるほどしかありません。今回伺った、看護師はほかの医療職と患者をつなぐ役割をしているという考え方は看護師の業務の内容(私の知っている範囲は非常に浅薄ではあるが、、、)と照らし合わせても非常にしっくりとくるものであり、多職種連携における関係の向上を目指すうえで肝となるものではないかと感じました。

アドバンス・ケア・プランニングの研究に関するお話では、「もしバナゲーム」というツールを紹介して頂きました。自分の身に降りかかる災難がいつ来るのかを予測することは困難であり、いざというときに自分や家族が困らないように準備しておくことで、みんなが「ハッピー」になれる。という発想は、それぞれの意思が尊重される現代社会において非常にマッチしたものであると思われます。ただし、われわれ医療に携わるものは、人々の自己決定の上にあぐらをかくのではなく、より「ハッピー」になれる選択肢をともに考える必要があるとも感じました。

山口

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