丸山淳子「痛みを理解し治療すること」

 今から遠く2500年前の古代ギリシャ時代の医師であるヒポクラテスは、医療者とは患者の外に表れた異常とその時間的変化を徹底的に観察することにより患者の自然治癒力を助ける存在であるとし、あえて病名をつけなかった。1816年にフランスの医師であるラエンネックが聴診器を発明し、診療に使用され始めたのがきっかけとなり患者が自分のからだについて知らないことを医師のみが知る時代に移ったという説があるが、時代とともに患者と医療者の立場のへだたりは深くなり現在に至っている。現代の医学医療では、臓器や疾患別に細かく専門化、細分化が進むにつれて第一に医療者が診断を下した上で専門的な治療を行うことが重要とされてきている。

その一方で患者は多くの場合、「痛み」を感じる。患者にとって原因となる疾患の治療を受けることはもちろん最も大事なことであるが、痛みに目を向けることなく治療を続けても患者の生活の質は上がらない。しかしこの痛みとは患者以外にはわからない主観的なものであり、従来の医療行為から評価することは大変難しい。患者が感じている痛みがどのような痛みで、いつどのようなときにどれほど強く不快かを医療者が的確に判断し和らげる「痛みの治療」を行うには、さらに「痛み」に対する高い意識と技能および技術が必要である。将来の医療を背負う若い人たちが、ヒポクラテスの時代のような全人的医療の価値が再認識されている今の時代に慢性疼痛について学ぶことは、大変意義深いものと考えられる。

「痛み」は生体の異常により起こる「急性(疼)痛」と、生体の異常が取り除けないために、あるいは痛みの伝導路である神経そのものの障害により持続的に感じる「慢性(疼)痛」とがある。また、急性痛は原因がはっきりしていて、原因が治癒あるいは回復すると痛みも無くなることが多いが、慢性(疼)痛は原因すらわからないことも多い。

慢性疼痛の治療には、痛みの伝達経路を止める方法として、従来より各種のブロックがある。また、近年、補完治療が注目されてきている。補完治療とは、通常、治療の目的で行われている医療を補ったり、その代わりに行う医療のことで、近赤外線治療、鍼・灸、マッサージ療法、運動療法、心理療法などが含まれる。私の担当する授業では慢性疼痛を理解するために必要な解剖学や生理学の話題と、麻酔科学の話題を取り入れてお話をする予定である。

 

まるやま じゅんこ

1988年▶三重大学医学部卒業 1994年▶同大学院博士過程修了 1988年~▶三重大学麻酔学講座

1995年~▶三重大学生理学第一講座 2010年~▶鈴鹿医療科学大学医用工学部臨床工学科・教授