新井直也「口腔顔面痛」

 口や顎、顔面は、身体の中でも特に痛みに敏感な領域です。この領域の知覚は三叉神経によって支配され、ズキンとした虫歯の痛みはもちろん三叉神経の仕業です。ヒトは12対の脳神経を持っていますが、三叉神経はその中で最も太い神経です。文字通り3つに枝分かれして、顔面や上下の顎に分布します。もし、身体のどの場所の知覚が鋭いかを知りたければ、インターネットで「ペンフィールドのホムンクルス(小びと)」と検索してみてください。敏感な部位ほど大きく造形してある少々グロテスクな人形ですが、これをみると口周りがいかに知覚神経が密に分布する領域かがわかることでしょう。

一般に、病気やケガは治療後の経過とともに痛みが減弱していくものですが、なかには、数ヶ月、半年、1年経ってもなお持続する痛みがあります。いわゆる慢性疼痛です。口腔領域では、顎骨骨髄炎や顎関節症の一部に慢性疼痛を伴うものがあります。多くが難治性で、残念ながら確立した治療法はありません。慢性疼痛には、他に、舌に何ら異常がないにもかかわらず“いつもピリピリ痛い”と訴える「舌痛症」、口の中がチリチリと焼けるように熱く感じる「口腔内灼熱症候群」、痛い歯を抜いたのに今度は隣の歯や顎が痛くなる「非定型歯痛(顔面痛)」などがあります。

舌痛症や非定型顔面痛など、口腔や顔面部に出現する原因不明の痛みを総称して、口腔顔面痛(Orofacial Pain:オロフェーシャル・ペイン)と呼びます。Orofacialは、oral(口)とfacial(顔面)を組み合わせた造語です。数ヶ月から数年にわたり歯や口腔粘膜などで間断なく続くやっかいな痛みで、食事のときには痛みを忘れるといった奇妙な現象もみられます。原因は、脳の中で痛みを感じる仕組みが変わってしまった、痛みの記憶が痛みの原因となっている、悩みや苦悩が身体症状化して痛みに変わった、など諸説あります。いずれにしても、一般的な鎮痛薬が効かない、歯を抜いたのに痛みがなくならない、そうした口腔顔面痛があることを知っておくと役立つときが来るかもしれません。

 

あらい なおや

1989年▶北海道大学歯学部卒業

1997年▶カロリンスカ研究所(スウェーデン)留学

2004年▶東京医科歯科大学顎顔面外科学分野 助教

2003年▶エアランゲン大学(ドイツ)留学

2008年▶富山大学歯科口腔外科学講座 准教授

2013年▶三重大学口腔・顎顔面外科学分野 教授