西村 甲「漢方は体調の歪みを矯正して痛みをとる」

疼痛に悩む患者さんは非常に多い印象があります。さらに、この疼痛が改善しないことによって、気分障害などの二次的障害が生じることも大きな問題といえます。私は様々な疾患に対して漢方治療を実践しています。その中で、慢性疼痛も重要な位置にあるのです。

モートン病の患者に接して、患者としっかり向き合うことが重要だと学びました。モートン病は、足趾に行く神経が中足骨間を連結する靱帯(深横中足靱帯)のすぐ足底部を通過するため、趾の付け根の関節(MP関節:中足趾節関節)でつま先立ちをすることによって、この靱帯と地面の間で圧迫されて生じる神経障害です。圧迫部の近位には仮性神経腫といわれる有痛性の神経腫が形成されます。中年以降の女性に多く発症します。

この患者さんは、あまりの疼痛のため最終的には手術を行いました。しかし、疼痛の改善はなく、整形外科医も鎮痛薬の投与をするのみでした。他に手立てはないと断言されて、患者さんは途方に暮れたそうです。この整形外科医も少し漢方の知識があったので、芍薬甘草湯を処方していました。しかし、効果がないので、漢方専門医を受診するよう指示されました。

初診時、患者さんは見るからに落ち込んだ様子です。話を聞いていても、発語に元気がありません。足の痛み以外にも、体が冷えて非常につらいと訴えます。漢方で症状をよくしてやろうと、じっくり患者さんを診て治療を始めました。しかし、思うようによくなりませんでした。

漢方では、西洋医学とは異なる漢方の医学体系があり、それに則って診察、診断していきます。患者の体質、漢方的病態を把握して、患者に適した漢方薬を決定していきます。ただ、患者さんは漢方的にも様々な病態をもつことが多いのです。全ての病態に対して漢方薬を絨毯爆撃のように処方しても効果があがりません。余計に副作用が出たり、多くの漢方薬を服用することに患者が辟易したりもします。また、私の漢方病態の見立てが誤っていることもあります。ですから、治療効果がないときには、病態把握の修正を行ったりします。

この患者さんは、約1か月毎に私の漢方外来を訪れます。毎回、沈んだ表情で診察室に入ってくるので、改善していないことは明白です。しかし、「体調はいかがですか?」、「痛み以外に気になることはないですか?」と問診をしたり、脈や舌を診て「今日の所見からすると、冷えがかなり強いようですね」と説明したり、アドバイスとして「家の中でも運動できますよ。ストレッチとかで気や血の流れが改善します。そうすると冷えや痛みも軽くなりますよ」などと話したりします。患者としっかり対話して、重要なサインを引き出すことが重要です。

もう初診から1年が経とうとしていました。今日も痛みはよくなっていないかなと心配していましたが、診察室に入ってきた患者さんの表情が何となく明るいのです。「体調どうですか?」と聞くと、「冷えがとてもよくなったのです。友達が私の手を触って、これまで冷たいといっていたのに、最近は暖かいといってくれるんです。気が晴れてきました」との返答です。痛みはどうだろう?と聞くと、「痛みも軽い感じがします」とのこと。日本東洋医学会専門医を目指す陪席研修医も「前回とは表情が全く違いますね」といいます。ようやく、患者さんに良い変化が現れたのです。

このように、漢方では患者さんの様々な漢方医学的異常に注目して、その異常の改善に取り組みます。どこに注目するかは漢方医により異なります。経験豊富な漢方医はすぐさま異常の本体を突き止めますが、そうでないことも多々あります。しかし、その異常を真摯に見つめることで時間がかかっても何とか病状を改善できることがあります。どこが病気の本体かを把握するために、何度も頭をひねることがあり、非常に疲れることがあります。しかし、その姿勢に患者がついてきてくれれば、それに応えることが重要であり、漢方医はそのような最前線にいるのではないかと思ったりします。

 

にしむら こう

東京医科大学卒業 小児科専門医、小児神経専門医、漢方専門医、漢方指導医

慶應義塾大学医学部にて小児科研修開始

慶應義塾大学医学部小児科専任講師、慶應義塾大学医学部漢方医学講座講師などを経て

平成22年▶鈴鹿医療科学大学鍼灸学部 教授

平成28年▶鈴鹿医療科学大学東洋医学研究所 所長

【著書】「漢方処方と方意」共著、南山堂

「絵でわかる東洋医学」単著、講談社

「疾患症候別漢方薬最新ガイド」単著、講談社 など多数