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たか子の部屋

このコラムは緩和ケアチーム医師のつぶやきの場所です。臨床現場で出会った素敵なエピソードを紹介したり、日々の緩和ケアの実践で気づいたこと、考えたことをつづります。

どこで過ごすか~それぞれの選択

緩和ケアチームで患者さんに関わらせてもらっていると、人生の最終段階を病気を抱えながらどこでどのように過ごしたいかというお話をきかせてもらうことがあります。

 

「どうしても家に帰りたいんです」 
 膵癌とわかって2年目の秋を迎えようとしていたAさんは、人生の最期を自宅で迎えたいと決めた方でした。
 Aさんは、診断時に「治療をしなかったら数か月、治療をしても厳しい」と告げられていました。放射線治療と抗がん剤治療とを組み合わせた治療を外来通院でずっとがんばってきましたが、ある治療をきっかけに入院となりました。1週間ほどで急速に病状が変化しベッドの上から起き上がることが難しくなりました。Aさんは病状の変化にひどく落ち込みました。少しの治療期間ですぐに退院のはずだったのですから無理もありません。体調がよくなることを祈りながら毎日を過ごしましたが、いよいよ好転することはむずかしい状況となりました。そのようなとき大学病院は入院を継続することが叶わないため緩和ケア病棟への転院のお話が出ました。Aさんは涙ながらに「このまま病院にいるのは耐えられない。家族にはものすごく負担をかけると思う。でも、自分は自分の家へ帰りたい」とおっしゃいました。コロナで面会制限が強い中、このまま家族に会わないでいるのは耐えられないと。鋭い痛みが襲ってくるのを和らげるために24時間医療用麻薬の持続注射を行う必要がありました。「在宅緩和ケア」を提供してくれる往診医をお願いして、自宅で鎮痛剤の調整をしてもらう目途がつき退院の運びとなりました。
 1週間ほど後、往診医と訪問看護の方から病院へ連絡がありました。自ら手入れをしてきた庭の花を楽しみながら、娘さん・お孫さん・ひ孫さんに囲まれて穏やかに息を引き取られたそうです。

 

「自宅にはこだわりません」
 有効な治療がないことがわかっている癌になったBさんは、専門職のケアが受けたいと緩和ケア病棟で過ごすことを選択した方でした。
 Bさんは診断を受けてから10カ月が過ぎようとしていましたが、骨への転移が複数箇所生じて急速に強い痛みとなったため、自力で動くことが叶わない状況になりました。ベッド上で寝返りを打つこともできていないような強い痛みのため、入院で骨転移に対して放射線治療をすることになりました。今回は、脊椎が腫瘍に置き換わってしまっているので、放射線治療を行っても治癒は目指せない状況でした。幸いにも、強い痛みは和らげることができ日常生活の支障を軽減できようになりましたが、自宅で制限なしに動ける状況には回復できませんでした。そんなときBさんが選んだ療養先は、自宅ではなく緩和ケア病棟でした。自分で自分のことをすることが不十分な状況では、病がちな妻とともに家で過ごすことは互いのためにならないと考えたのだそうです。24時間専門職による医療とケアを受けることができる場所として自宅から5分ほどの緩和ケア病棟を選択し、転院していきました。

 

Aさんが選択した過ごし方がBさんにとっても意にかなうということではないし、Bさんが選択した過ごし方がAさんにとってもよいということはありません。それぞれ異なる過ごし方の選択があります。そして、その選択の背景には言葉に尽くせないほどの物語があるんだろうと思います。
どのような選択をなさるとしても、その体験の中で生き抜いてよかったと患者さんにも家族さんにも思ってもらえるようなケアをこころがけたいと思います。

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