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たか子の部屋

このコラムは緩和ケアチーム医師のつぶやきの場所です。臨床現場で出会った素敵なエピソードを紹介したり、日々の緩和ケアの実践で気づいたこと、考えたことをつづります。

同じ空間で同じときを過ごすことのありがたみ

2021年も非日常を突き付けられた1年でしたが、その年もようやく終わり、新しい年を迎えようとしてます。みなさま、どのように過ごされているでしょうか。

 

 普段であれば意識しなかった「同じ空間で同じときを過ごすこと」によって得られるものにたくさん気づかせてもらった1年でした。

 オンラインツールを使って会議やミーティング、研修やセミナーを行うのが常となりました。仕事上の情報を伝達しあったり知識を得ることが目的であれば結構よいなと思ってます。遠方への移動なく自分の場所から参加できることはとてもありがたいと思うようになりました。学会も対面での現地開催だけでなくWebでの配信を併用したHybrid開催となり、都合をつけやすく参加しやすくなりましたし、普段であれば到底参加できない講師の方々の講演会にも参加できる機会が増えました。画面のオンラインツール上で対面とはいかないまでもコミュニケーションの工夫を重ねたり研修会の在り方を模索したりして、新しい方法論を身に着けることができたと感じます。

 オンラインでのやりとりを経験して、同じ空間で同じときを過ごすときの双方向の関係の成り立ちを改めて考えるようになりました。オンラインでは、自分の顔が目に入ると「やりとり」の先が自分になり、やり取りなしの点しかならなかったり、自分に向いていなくても誰と空気感をやりとりしているのかわからない場合も双方向のやりとりができていないことになります。これらは結果として無表情につながってしまうように思います。

 

 少しオーバー気味にリアクションしても伝わらないものがあるんだというのも事実ですし、やっぱり会って話さないと互いに伝わらないなと実感することも少なくありません。物理的に同じ空間にいるときに、互いの「間」でやりとりされる「何か」があるのです。コミュニケーションということばは、ラテン語のcommunicare共有する)を語源していますが、言語的メッセージだけでなく、非言語メッセージが非常に大きな役割を果たしているといわれています。相手をきづかう言葉であってもむっとした表情やそわそわした態度で言われたら、到底気づかわれたとは思えないのですから。

 言葉によらない自分の相手に対する何かが、相手の反応を何らかの形で呼び起こし、双方の間にさまざまな関係を生み出しているのだろうと思います。よく「空気を読む」という表現を使うことがあります。相手や周囲に忖度するという意味で使われているかもしれませんが、それは一方向であり双方向のやり取りではありません。互いの間で空気の波動のように伝わり共鳴することで、共感、了解、納得、同意など様々な関係が結果として生まれるのでしょう。ケアするということは、症状を和らげることや日常生活の支援をするということだけでなく、こういった互いの援助の関係の存在があってこそだと感じます。医療者として、同じ空間で同じときを過ごすことのありがたみを実感させてもらえるのです。

 

  新年も患者さん、ご家族さん、スタッフのみなさんとの出会いや交流が待っていると思うと身が引き締まるとともに暖かい思いにも包まれます。新年もどうかよろしくお願いします。

みなさまにとってもより良い一年となりますように!

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