何故研究が必要か

総合診療に研究は不要?それは大きな間違えである。

君たちの診療は、誰かの見つけたエビデンスに従っているだろう。Evidence-based Medicine(EBM)と称して、他人が明らかにした事実を使って誇らしげに医療を行っている。エビデンスに基づいて診療することはとても大切なことである。ただ、そのために、誰かがアイデアを振り絞り、何とかして研究費を取ってきて、忙しい中、直接・間接にデータ集めをして、エビデンスが得られれば、できるだけ多くの人、できれば世界中の人に知ってもらうためにいい雑誌に載せるべく、論文を書いている。しかも、このプロセスが最後まで行くことは全く保障されていない。自分の時間をつぶして行った研究なのに、解析すると意味のないものになってしまうことは、少なくない。でも、医学の進歩のために誰かがしなくてはならない研究だから、やるしかない。これまで一人一人の研究者が少しずつ根拠を研究にて明らかにして,それが積もり積もって現在の医学を作ってきている。

総合診療に研究は不要?それは大きな間違えである。我々の行っている診療の妥当性なんか、わかっていない。行政の誰かを説き伏せたい、医学界の誰かを説き伏せたいならば、エビデンスを作るしかない。今はすべて、Evidence basedである。その研究結果が根拠として教育や行政で使われ、それを盾に物事が進みだす。海外で地域の人々の役に立っていることも、日本の地域の人々のためになっているかなんて、わかりはしない。医学は進歩しているので、ある時、誰かに聞いてそうだったことが、後でほかの人に聞くと違っていることもある。総合診療の世界には、考えると憂鬱になるぐらい多く、研究がされるのを待っているリサーチクエスチョンがある。

アカデミズムで“きっとそうだ”は許されない。きちんと研究で根拠を示さないとそうだとは言えない。命の関わる医学ではなおさらだ。研究のお作法は、是非とも学んでほしい。すべて教科書に書いてあるって?たしかに基本的なこと、理屈はたくさん書いてある。それでも書いていないことは山ほどある。誰に頼めばいいのか、どこをつつけばいいのか、なども教科書には書いていない。例えばデータ収集は人間関係にまみれた泥臭い作業である。きちんとした研究のプロトコールを最初に練らないと、データ収集ののちに悔やむことがある。それを経験した研究者ならば、プロトコールを立てるときに万全を期すが、それを理解していないことも多々ある。実際にどうすればいいのか、わからないこともたくさんある。例えば使うべき統計計算方法わかっても統計ソフトにない場合だってある。どうしても研究費が必要になることだって、頻回にある。では、どうすればそれをうまく得ることができるか、どこからどうやって得るか、コツが必要となる。

 

君も一緒に医学の発展に寄与してみないか?どの専門診療科も自分の分野の根拠を少しずつ作って前進している。君たちも我々の専門分野,総合診療・家庭医療学の発展のために少しでも根拠を作っていくべきであろう。患者を診たり、後進を教えるだけではなく、さらに研究をして一人前といえよう。君も一緒に家庭医療学の発展に加わらないか?

研究の場に日本も海外もない。君が研究をしてエビデンスを手に入れ、それを発表すれば、たとえそれが三重県津市で行われても、地球上で行った研究になる。君が世界で意味のある活動をしていることが実感できるだろう。そして君の研究がすばらしければすばらしいほど、多くの人に恩恵をもたらすものであるほど、君は世界の人々と友達になれる。君も一緒に研究に加わらないか?三重大学大学院医学系研究科家庭医療学には、世界で活躍したい君たちの夢を実現できる環境がある。君たちの情熱を有効活用できる仲間がいる。家庭医療学の研究で世界に飛び出してみないか?!