内科学第二講座・第二内科は三重県立医学専門学校が県立医科大学として発足してから、新設され、初代教授小坂晋、第二代教授山田外春、第三代教授白川茂、第四代教授珠玖洋、そして第五代の片山直之教授に引き継がれて現在に至っている。各教授の時代別 に当科の歴史について簡単に紹介する。

 

小坂晋教授:昭和26年3月から昭和39年12月まで

内科学第二講座が新設されるに伴い、京都大学第二内科菊池武彦教授門下で小倉記念病院内科部長であった小坂晋が初代教授として就任した。
昭和35年1月16日に三重県立大学医学部に医学総合研究室が設置され、小坂教授が初代室長となり、医学部における総合研究に力を注いだ。昭和26年に血液学を専攻する名古屋大学の日比野内科と合同で日本血液学会の東海地方会が設立され、学会発表が開始された。

当時の研究業績では山田外春助教授の“Antihemophilic Factor並びにPlasma Thromboplastin Componentの合併欠乏による出血性素因の一家族例(日本血液学会雑誌、1959)は血友病の病態解明に重要な意義を有する研究として国際的成書であるHandbook of Hemophiliaに引用されている。

 

山田外春教授:昭和40年8月から昭和55年4月まで

第二代目教授として昭和40年7月、山田外春助教授が選出され就任した。
昭和47年5月1日県立大学の国立移管により、三重大学医学部内科学第二講座となった。日本内科学会で内科専門医制度が導入され、市立伊勢総合病院で研修を積んでいた当教室の西野奨一、宮村正典が第1回内科専門医試験で合格し、日本の内科専門医の第一号、第二号となった。

研究業績では小山士郎助教授のElectron microscopic observations of the splenic red pulp with special reference to the pitting function (Mie Medical Journal, 1964)が血液学の国際的成書であるWintrobe ed.のClinical Hematologyに電顕写真とともに引用されている。
山田教授は昭和42年第17回日本医学会総会で学術シンポジウム“出血性素因の基礎と臨床:血友病及び類縁疾患”、同年10月日本血液学会秋季討議会シンポジウム“血友病ABの一家系及び血友病の凝固障害に関する一考察”を担当された。
その後も血栓・止血異常疾患の研究を続けられ、昭和49年度の日本臨床血液学会、昭和51年の第6回国際血液学会で教室員をシンポジストとして送り出している。

 

白川茂教授:昭和56年4月より平成6年3月まで 

昭和56年4月白川茂が京都大学第一内科講師(内野治人教授)より第三代目教授として着任した。
白川教授はリンパ系腫瘍の研究をライフワークとし、この分野に本邦においていち早く分子生物学的研究を展開し、日本血液学会、日本臨床血液学会、日本網内系学会に多数のシンポジストを送り出した。

白川教授は昭和62年4月に文部省科学研究費がん特別 研究「リンパ系腫瘍の免疫関連遺伝子および細胞産生因子遺伝子発現に関する研究」班の班長、昭和63年4月に厚生省がん研究助成金「我が国のB細胞腫瘍の特性とその診断、治療及び病因解析に関する研究」班の班長、平成元年4月に厚生省がん研究助成金「我が国のB細胞腫瘍の特性に基づく診断治療体系の確立と病因解析に関する研究」班の班長、平成3年4月に文部省科学研究費がん特別 研究「モノクローナル抗体、遺伝子を用いた耐性癌の基礎的な診断と治療に関する研究」班の班長、平成4年4月に厚生省がん研究助成金「B細胞腫瘍の特性に基づく診療体系の確立と病因解析に関する研究」班の班長をそれぞれ歴任している。
また、白川教授は任期最終年度である平成5年に第55回日本血液学会総会を四日市で日本網内系学会総会を津でそれぞれ主催された。

 

珠玖洋教授:平成6年9月より18年3月まで

平成6年9月珠玖洋が長崎大学腫瘍医学講座教授より第四代目教授として着任した。
珠玖教授は当科がこれまで専門としてきた血液内科学に新たに腫瘍内科学の領域を導入され、臨床では乳癌、消化器癌、原発不明癌などの固形腫瘍の診療に取り組むとともに腫瘍免疫の研究を開始された。
珠玖教授は以後、癌ワクチン研究の先駆者として本邦の癌免疫分野の研究をリードし、平成14年にその功績により読売東海医学賞を受賞された。
また、基盤的癌免疫研究会の会長を務め、平成13年に第5回の学術集会・総会を主催された。さらに、第三次対がん10か年総合戦略の一環として文部科学省が展開するがんトランスレーショナル・リサーチ事業において全国の癌免疫分野の研究者が加わった研究グループの代表として、また、全世界に癌免疫の基盤研究を展開しているラドウイック癌研究財団との緊密な協力関係のもとで次世代のがん治療法の開発のための研究を開始された。

珠玖教授は教授任期中、医学部長を4年間務められ、大学院改革にも取り組まれ、部局制を実現された。珠玖教授は平成18年退官後も三重大学の産学連携講座遺伝子・免疫細胞治療学、寄附講座がんワクチン治療学の教授を務められ、研究を続けている。